月と海の間で

ゆらゆらと 波にゆられて 思うこと

自然の法則

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Less effort maximum benefit(わずかな努力で 最大の利益を)は 自然界の

法則である 禅にも通じる言葉だ。

昨日の スローな乗り物の 板を 乗りこなすにも ぴったりの言葉である。

こうしてやろう ああしてやろうと 自分から 動いてしまうと 板のもつ特性を

最大限に 引き出せないばかりか 波の力を 生かすこともできない。

できれば 乗せてもらうという心持ちでいた方が 波がのせてくれるから 見ていて

自然な波乗りになる。

 

熟れる直前の マンゴーを わざわざ 高い木に登って取らずとも 時期が来れば

自然に枝から離れ 地面に落ちる。

わずかな 努力と書いたが 実際は 努力なしで 利益を得ることも可能なのが

自然だ。

 

先日 大学に勤める 地質学者と カエナ沖 海上に 建設が予定されている 

風力発電の 話をした。

予算的にも 工事にかかる期間的にも 時代にそぐわない 無理が感じられると

いうのが わたしの意見だが 彼から見ると なんの問題もないという。

 

最近 ドイツでは 植物が作り出す エネルギーを利用しようという 実験が

進んでいるというのを 知った。 

アメリカだったかで ある特殊な ペイントを 壁に塗り そこに 電線を接続して 

灯りがつくという 実験も 商品として 市場に出回ってもいいほど テストが 進ん

でいるという。

 

ソーラーや ウインドを 代替エネルギーにしようという 動きが始まった

当時は 結構 エキサイティングだったりもしたが 実際は 環境に対する

負の影響が 全くないわけではない。パネルの設置で 覆われてしまう土地、

プロペラから 発せられる 騒音や 鳥の事故、そして 部品となる材料は

一定の期間で ゴミと化していく。

その点 植物から 電気を取り出せるなら ソーラーパネルの設置で 土地を

埋め尽くすより 植物によって 埋め尽くされるわけだから 大地にとっては

健康的だし それによる 他の生物を含めて エコシステムが 活性化され 

廃棄物も 最小限に済まされるだろう。

 

上の動画は 木が いかに 他の木と交流し 助け合いながら生きているかと

いうのが テーマだ。

内容は The Hidden Life of Trees という 本が 参考になっていると思われる。

画像を見ていると 木の根が 意識を持って 行動しているように感じた。

木には 人間のような 脳がない。では どこで思考するのか?という

話になる。

木の細胞の全てが 脳の役割をするのではないかと ふと思った。

 

時代は ロボットとの共存を 意識し始めるところにある。

が 人はまだ 自分たちのことも ちゃんと わかっていない。

自分たちのことを 自分たちの住む世界のことを きちんと わかる時が来れば 

私たちには 何も求めるものがないことに 初めて気がつくのかもしれない。

バンド アメリカの ティンマンという歌で オズは ブリキの男が既に持っている

ものを与えはしなかったという くだりがある。

当然のことである。与えずとも すでに 備わっているのだから。

ちなみに 温暖化といわれつつも 寒冷化に 向かっているように 感じられる

時がある。

当然のことなのだ。

あなたが 熱を出すと あなたの体は どのような反応をするだろう?

健康な人であれば 体内の温度計を 調整する システムからの通報で 

熱を 基準まで 下げようとする 働きが 生まれる。

地球も同じだ。

人間の暮らしが 大気や海水の温度を上昇させれば 地球のシステムが 

それを 基準値に下げようと 働きかける。

ホメオスタシスというやつだ。

そして 暑いと寒いが なん度も繰り返されながら やがては 氷河期へと

突入していく。

ホメオスタシスの証明としては 例えば 二酸化炭素の排出が 増えた 数年後

から カリフォルニアのある地では これまで 植物が枯れてしまった場所で 

木がどんどん生えてきて 再び 森にもどろうとする自然の動きがあることを 

報道している。地球はあらゆる生命の意識に働きかけることで 自らの バランスを

保とうとしている。

木の意識が 根を伸ばして 他の木を 支えていく。

人の意識は 手を伸ばして 自分の利益だけを 掴んでいく。

 

私たちに 必要なのは AIよりも 自らを知る 欲求なのかもしれない。

 

と言いながらも AIを作る過程において 私たちは 自分たちが いかに

作られてきたのか?ということを 再現しているような気もする。

私たち自身にたいする 情報に乏しい私たちが 実は ロボットではないと

言えるだろうか?

私たちは ロボットだからこそ どんな存在であるか 誰かに 知らされないと

わからないのでは ないだろうか?

自然の法則に 思いを馳せながら そんなことを 思った。

 

 

 

 

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