月と海の間で

ゆらゆらと 波にゆられて 思うこと

無〜続き

昨日 ”無”という タイトルで 書きましたが その続きを少し。

moonandoceanhawaii.hatenablog.com

 

漢字の語源を一緒に学ぼうという ブログでは 無という文字について

踊り始める直前の、時間が止まっているように感じる瞬間を 表している

と ありました。

つまりは 場と踊り手が 一体となることを示していますね。

ミュージシャンなら 演奏する人そのものが 演奏する楽器になるような、音

そのものになるような

波乗りする人なら その人自身が 波になるというか 流体的なものになるような。

書道家であれば その人自身が 筆になるような。

原点に帰ることで 自分とそうでないものを 区切っていた意識が なくなる

全ての元は エネルギーですから そのレベルでは 私とあなた、これとあれと

言ったような 区別がないわけです。

自分が ”気”そのものになれば 自分が動くだけで ”気”を 動かすことができる。

自分でなくなる瞬間が 無であったことが ”無”の 語源だったように思いました。

そして 物質的な意味での ”なくなる”は なくなること自体 有り得ないので

その言葉が 正しく把握されると みんなの恐怖心も半減され 新しい意識のなかで

生きていくことができるようになるのだと思います。

 

おわり