月と海の間で

ゆらゆらと 波にゆられて 思うこと

恐怖という圧力の後にくるもの

youtu.be

 

まだ 14歳だった頃 4つ下の 弟と 金八先生を見ながら あることを

テーマに お互い どう思うか?ということについて 会話していた。

私には 年下の弟にとって そのことが難しいことだとは 全く 思いもしなかった。

 

私は ラッキーにも 4歳の頃から 2つ上の 家庭教師のような存在が 遊び相手

で その人の両親が 小学校の先生を 長いことしていることもあり 学校で使う

教科書が 私たちの 遊び道具の一つでもあった。 

そのおかげで 私は 小学校に入る前に 小学校で 学ぶであろうことの殆どの内容

を とても 短い間に 消化していた。

教科書だけでなく 時には 絵を描く時間というのもあって それはそれは 楽しく

て刺激的な 幼少時代を過ごした。

そんな私のことを 小学校の担任は 生意気だと評価した。

なぜなら 質問のすべてに答えてしまうからだ。

2年生の時 その担任が 黒板に わざと間違えた問題を書いて 生徒の一人に

答えるように言った。その生徒は 長いこと 戸惑ったあとで 適当な数字を

あげた。

そして 今度は 私に聞いてきた。私は 問題自体に間違いがあるので 答えは

ないと 回答した。が 先生は 他の生徒が いくつだと言っているのにですか?

と 念押しするふりをして プレッシャーをかけてきた。

が 私は 明らかに 問題に間違いがあることに 気づいていたので 譲らなかった。

そうした 意地悪なやり方も 気に入らなくて 授業中は 百科事典を読んでいた。

かと言って テストは 大抵満点だった。だから ”生意気”なのだ。

私には 卑しい工作をして 伸びることを邪魔するような 教師など必要ない。

 

そうした 幼少時代を過ごしてきた私には 弟だって同じようにできるんだと

思っていたから 年齢が 理解力を決めるものでは 決してないというところから 

会話をしていた。

それが 突然 酔っ払った父が 私を 睨みつけて 怒鳴る。

「そんなことを言ったって 弟に わかるわけが ないじゃないか!」

父も 小学校の先生のように 私のことを 生意気だと 時々 表現していた。

確かに 本を読み始め たくさんの言葉を覚えたのが 他の子供達に比べると

早かったことから 自分の思うことを常に 表現してきた。

そして 私は 正当でないものは 好きではなかった。

決めつけや、固定観念や、利己的概念というものが 成長の妨げになることを

早い時期から気付いていたので そうした振動に 触れると 気分が悪かった。

そして そうしたことに 正当な反論もしていた。

その日 私は 言った。

「わかるよ。本人は わかっているから 思うことを言葉にしているんだよ。

だから わざわざ 会話に入り込んでこないで」

そのリアクションに 彼はキレた。

「もう一度 言ってみろ!」そう言われた私は さらに 言葉を付け加えて 

言った。「二人で 会話が成立しているにも かかわらず、何が 気に入らないの?

私に言いたいことがあるなら お酒を飲んで 酔っ払う前に 言ってくれる?」

話が 終わる前に 彼は 夕食のテーブルから立ち上がり 私の座る カウチの

前に 立っていた。

彼は 私のことを 生意気だと言いながら 髪の毛を引っ張り カウチから

引き摺り下ろすと 平手で 顔を打ってきた。

いつもは 反射的に ことが起こる前に 走って逃げるのだが その日の私は 

なぜだか 受けることにした。私の両手は 顔と頭を できるだけガードしていた。

彼が この野郎!と 言わんばかりに 打ち続ける。長年 バレーボールをしてい

た 彼の手は 大きくて 分厚い。

私は 一体 どれだけ打たれるのか 数えていた。私は きっと すべてを見たかっ

たのだ。

40回を過ぎた頃 私は 何かが ツーっと流れたのを感じた。

下に目線を移すと 鼻から血が出てそれが 床に滴った。

そして 50に至っとき 私は このままでは 死んでも打たれ続けると感じて

彼を 押しのけた。

そして 電話の受話器を握って言った。「鼻血が出てるのに やめれないって

あんた気狂いだよ。警察呼ぶよ!」

するとそこに 止めに入らなかった母が いいからやめなさいと言った。

私は 鼻血をぬぐうことなく 自分の部屋に行った。

正直 交番が近かったら 駆け込んでいただろう。

 

これほど 打たれたのは 初めてだが こうしたことは よくあった。

だから あの時 あのような形で止めなければ このことは 家を出るまで 続いた

だろう。

PTAの会長をしたり 町の役員に選考されるほど 周囲の信頼が厚い彼だが 私は

ある意味 彼の ストレスのはけ口だった。酒癖が悪いといえば それまでなのかも

しれない。けれども それと 私の人生は 全く違うところにある。


翌日 私の顔は 誰から見てもわかるぐらいに 腫れ上がっていた。

けれども 授業を休みたくなかったので 登校すると 職員室で 私の顔を見た

数人の先生が どれだけ 悪いことをしたの?と聞いてきた。

私は 悪くなかったんだよと言っても まさか あなたのお父さんが 何もしないの

に 打つわけがないでしょ?とも言われた。

大人の世界は 腑に落ちないことが多い。

 

あんなことがあり 私は 家の中で 家族と顔をあわせることなく 何ヶ月も

過ごした。母や 兄弟の顔を 見ることがあっても 父には 絶対合わないように

した。そのうち 私の中に 殺らなければ 殺られるという思いが 湧いてきた。

私は 何度か 真剣に いかに 彼を殺すかを 考えた。

そういう時期を乗り越えてきた私には 子供が親を殺す気持ちが わからないでも

ない。

 

例えば アフリカの荒廃した政権下で 部族の衝突が絶えないのは 政権交代

起こると 新政権下の部族が 前政権下の部族を殺したり 村を焼き討ちにくる。

人は殺されることからくる プレッシャーにさらされると 一旦そこから フリーに

なった瞬間 突然 リバウンド現象を起こし 自分の方が 相手を殺してやると

思うようになる。単なる仕返しではない。殺そうという思いが 沸き起こる。

だから 殺戮から逃れた人たちは 今度は 自分たちを襲いに来た人たちを 襲いに

行くのだ。それが 止まることなく 続いていく。全く 負の連鎖である。

 

続く