月と海の間で

ゆらゆらと 波にゆられて 思うこと

怪我や病気をしなくてはならないとき〜続き

目の前には 3週間という時間が横たわっていました。

その時間に考えたのは 生活パターンを変えようというものでした。

怪我の大きな原因は 疲労が関係していると思ったからです。

そもそも 3週間の休みを考えるのは 疲れているからではないでしょうか?

それで イーストサイドのオフィスを 数ヶ月以内に閉めると 決めたのです。

そこまでの距離は 往復80マイル。時間にしたら 片道45分ぐらいですが

仕事で疲れて帰ってくるときは 1時間半近くかかるときもあります。

それは 疲れて集中力が落ちてるせいで 自然とアクセルを踏む力が緩むのと

頻繁に ブレーキを踏むからです。途中で 眠くなって 頬や腕をつねりながら

運転したこともあります。

そうした 危ない状態をまず無くそうと思いました。自分で気をつけていても

混んだ高速で 何が起こるかわかりません。次に考えたのは どのクライエントに 

どのセラピストを紹介しようか?というものです。

ほとんどが リピーターでしたから 店を閉めるので さようならというわけには

行きません。知る限りの 必要な情報を 伝える責任があります。

実際 閉めるまでには 6ヶ月という時間が かかってしまいました。

それは ホリデーシーズンとも重なっていて 年末年始に閉めれなかったこと。

3週間の間 待っていたクライエントたちの 体調の調整に追われたこと。

手術に保険が使えず 実費だったのと 休んでいる間の家賃やもろもろの出費を

取り戻さなくてはいけなかったこと。

が 最後の方で 決断させるあることが起こりました。


その日の海は いつもと比較にならないほど 美しいものでした。

過去20数年 毎日のように波に乗ってきた私にとって 1番か2番ぐらいに 美しい

日でした。

私は 怪我をしたときと 同じ場所にいました。

波のサイズもコンディションも まあまあなのに 誰一人 海に入ってくる人は

いません。駐車場には いつものメンツの車が 何台か見えます。

空いてる海を みんな見ているのです。それでも 誰も 入ってくる様子がありま

せん。

何本目かの波に乗り 沖に戻り、次の波を待って ボードの上に座っていました。

そして 空をふと見上げた瞬間 私は 私の全身が 幸せで 満たされているのを

感じたのです。そこに これ以上 幸せが入る隙間がないぐらい 幸せが詰まった

状態で そのことに震え 涙が出てきました。

こんなに美しい海で 自分だけが 思う存分波にのっているのです。 

一緒のうちで こんなことが 一体 何度あると言うのでしょう?

そして 思ったのでした。私には もっと この瞬間が 必要なのだと。

考えなくてはいけないのは 支払いのキャッチアップ(追いつく)や クライエント

たちの 今後の健康ではなく(それは もちろん 大事なことですが)今 自分が

ここで 幸せなのか?ということでした。

あれから もうすぐ1年になります。その間 エラーとトライアルを 繰り返し

ながら 私の日常の時間は 当時 私が 望んだ状態になりました。

私たちは 怪我や病気をすると そのことを 恨んだり 落ち込んだりします。

が 怪我や病気は 本当は 自分が自分を助けるために 自らが 作り出して

いるのではないかと 思うのです。

もちろん チベット医学でいうように 病気などには カルマの要因もあるので

しょう。

が 怪我や病気は これまでの生活を見直して より自分に合った方法で 人生を

生きるようにと 人生がくれた 見直しの時間だと思うのです。

ですから おかしな言い方ですが 怪我をしたら 怪我を楽しむ。病気をしたら

病気を思いっきり堪能する。もちろん 怪我も病気も痛くて辛いです。でも 治れば

その痛みも どこかに 遠のいていきます。 

私が 一番つらかったのは トイレの時で 夜中 おしっこに行きたくて 目が

さめるので いつもの調子で 起き上がり 立ち上がろうとするのですけど そう

すると 傷に一気に 血液が流れるために ただでさえ 怪我で腫れている組織が

血液に圧迫されて ものすごく痛いのです。悲鳴が出るぐらい痛いのです。 

膝を胸に抱え込んで 傷口ができるだけ 心臓の高さになるようにして 血流の圧迫

を 最低になるようにして 痛みが引くのを その場で 待つのです。フラミンゴのよ

うに立ったまま。

けど、おしっこにも行きたくで それでも動けないのです。痛みのあまり そこに

固まってしまうのです。漏れそうな状態で 漏れたらそれで仕方ないと思えばいいので

すけど 掃除も 大変だし それは できないと 見栄を張って 堪える自分もいるの

です。結局 いつも なんとか持ち堪えるのですが あんなに痛い思いを何度もしたの

に 今では そういうことがあったというだけで 痛みの度合いは思い出せないので

す。不思議でしょ?

 

フィンが 突き刺さった時 痛みを感じなかったのは 決して アドレナリンの

せいではなく それは 計画されたものだったから せめて痛みを感じずにいる

ようにと 宇宙が取り計らってくれたのだと思いました。

なぜなら 同じような怪我を 25年前にもしたのですが その時は フィンが

当たった瞬間 でかい金槌で 打たれたぐらいのショックでした。

でも その時の傷は 筋膜の上の脂肪の層だけが 切れただけでした。

確かに その時も それを 境に 人生が方向を変えていったのですが。


その気になれば 怪我も病気も 何かを学ぶチャンスです。

ですから 落ち込んでも 前向きに取り組んでいるうちに 病気や怪我だけなく

それとともに リカバーしていくものがあるのだと思います。