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moonandoceanhawaii’s blog

ゆらゆらと 波にゆられて 思うこと

ピース その3

去年の夏 島の西側に住む とある脚本家が ノースに避暑にきたついでに

家に寄って行った。映画 青い珊瑚礁や、愛と青春の旅立ちを書いた人だ。

以前 なんども オフィスにきてくれたのだが 私が そこを閉めてからは

お互い 住んでいるところが 離れているために 電話で話す程度だった。

テニスが大好きなのと しょっちゅう執筆しているために 痛くなるところは

いつも決まっていた。

その日も そのためのセッションだと思っていた。というか それ以外のことは

全く 考えることができなかった。

いつものように セッションを始める。そして 一番 痛むところに 圧をかけて

いく。

すると 彼の 息子の話になった。一度 オフィスにきてくれたことがあるので

顔は知っていたが 彼が奥さん以外の家族の話をするのは 珍しかった。

話の内容は 息子がまだ かなり若い頃 とても自由な精神を持った 同い年の

女の子に出会い 女の子が生まれたこと。愛し合っていたにもかかわらず その

女の子は 息子と赤ちゃんを残して 自殺してしまったこと。

その後 落ち込む息子に 子供の世話は無理だと判断し 自分の養女として 育てた

こと。その息子が その出来事から 16年経って ようやく抱えていた重荷を

下ろす気持ちになったというものだった。

きっかけは ネバダ州のブラックロック砂漠で 毎年1週間に渡り 開催される 

バーニングマンに参加したことだったという。

そこには まるで 子宮をイメージしたような 建物があり その中に入っていくと

参加者が 自分と関わりの深かった 亡くなった人たちの 思い出の写真や品を そこ

に 飾っているのだという。それを 見ていたら 自分も泣けてきて その中でしばら

く泣いたのだそうだ。

そして その時初めて 自分を許す気になったのだという。

それを 私に 話しながら 彼の声も涙声になっていた。

父としては 彼女の死の原因は 自分にあると責め続けて 苦しむ息子を見るのは 

とても苦しかったと言っていた。ならば 彼自身も この16年間 心から 自分の

平和を 感じた日はなかったのだろう。 

この日 彼が 避暑に来たついでに 寄ってくれたのは きっと 息子と同じく

涙を流す場所が 必要だったのかもしれないと思った。それは 本人にもわからない

ところで そういう流れになっていたのだと。

水は 情報を記憶する。涙は 水だから 未来に必要のない痛みは 涙となって 体の

外に 出て行ったのかもしれない。いつも痛くなる場所を押したら その話を 話し始

めたのは そこに 悲しい話を しまいこんでいたからなのかもしれない。

手放して初めて 心が安らぐこともある。

執着は 失うことへの不安を 高めるだけだ。

私たちが 所有できるものは 実は 何もない。