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moonandoceanhawaii’s blog

ゆらゆらと 波にゆられて 思うこと

ピース その2

先日 子宮筋腫の摘出手術をした女性が 排尿をコントロールができないと 

いらいらしながら電話をしてきた。 

それで 傷が癒えるのには時間がかかるし それようのパッドでもつけて

ケーゲル体操をしながら もう少し様子を見た方がいいのでは?と 提案した。

彼女はもう直ぐ70歳。数年前まで 600席ある チャイニーズレストランの

オーナーとして 店を仕切ってきた彼女は その座を 若手に譲った後も 当時の

プライドのまま生きている。だから 彼女にとって 大人用のおむつとか 失禁と

いう言葉自体 耐えがたいものがあるのだ。 あってはいけないことなのだ。

それで 予約の日を待ちきれず 電話をしてきたのだった。

彼女の場合は 手術が 不具合をもたらした 大きな原因ではあるが 老いを

そのまま 受け入れることができる人は とても少ない。

彼女は ある時期から 視力が急に弱り 車の運転が できなくなった。

免許の書き換えの時の 視力検査をパスできなかったのだ。

「年とるって いや〜ね」と 彼女は よく言う。

確かに 今まで できていたことができなくなるのは いやかもしれない。

けれども 重要じゃないことは 片っ端から 忘れたり、見えない分 余計なことが

気にならなくなったり、自然とゆっくりペースになるのは プラスなことだと 私は

思う。

それに 失禁は 年寄りだけのものではない。赤ちゃんのときだって そうだった。

だから それを 年齢のせいにするのは 違うと思う。

ほとんどの場合 苦痛や不満は 受け入れるべきことを 拒絶するところに 発生

しているようだ。

理想の自分と 変わりゆく現状の自分とのギャップが 苦痛や不満を作り出す。

それなら 理想の自分を 人生の早い時期に手放して あるがままの自分を受け入れ

それが 社会にどう判断されようとも 自分を生きていけばいい。


母親たちは 子供をいい子になるように育てる。そのいい子とは 社会に適応できると

いうことが基準になっている。

が 社会は 大抵狂っていることが多い。その狂った社会に適応するように 育てられ

るのだから 当然 どこかで狂った人たちが 増えていくのは 当たり前だ。

それなら 最初から 狂っていると言われる生き方をする方が この世界では まとも

に生きていけるのかもしれない。

それが 自分が 平和に生きるための方法かもしれないと ふと思った。