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moonandoceanhawaii’s blog

ゆらゆらと 波にゆられて 思うこと

絶対値

youtu.be

 

どこかの大人が 「人は 死んだら 魂になる」と言いました。

隣で その会話を聞いていた 幼少の頃の私は 空を見上げながら 魂の数は 決まっ

ているんだと 思いました。そうでなければ 空間は 魂であふれてしまうだろうと

思ったものです。

環境の悪化は 人口増加によるものだとする人たちがいます。私は それもそうですが

急激な 工業化が 最たる理由だと思っています。

産めよ増やせよ的な 戦後の復興への意識が 未だに いろんなところに潜んでいる。

作れよ売れよが その一つですし そのために 商品の質は落ちて 短期間でゴミと化

するものが 増えました。壊れなければ儲けにならないという意識。

隠れ蓑として 話の上手い営業を使い 消費者に売り込みます。

そうした 物質は そもそも 見えないエネルギーが 凝縮し 一番質量の重く 硬い

もの ”物質”となりました。が そのエネルギーの 絶対値も決まっていると 思うの

です。

この惑星は 別名 水の惑星と呼ばれています。その水の絶対値も 決まっている。

だからこそ 循環するのではないでしょうか?

日照りが永遠に続くように見えても そこで 蒸発した水分は 上空で雲となり 雨と

なって 再び 海に帰ってきます。そうしたサイクルの中で 海水中の塩分は ある

一定の値で 保たれています。海の生物たちは その一定の塩分の中で 命をつないで

います。その値が 急に変われば 環境の変化に対応できずに 滅んでいくことでしょ

う。なぜなら それらは とてもとても長い間 その環境の中で進化してきたからで

す。その 雨は 直接 海に降り注ぐこともあれば 山に降り注ぎ 川を伝い 海に

流れ込む場合もあります。地形によっては 地下水として 海底から 染み出すこと

も 考えられるでしょう。その方法は バラエティーに富んでいます。人種のダイバー

シティのように ダイナミックです。こうした 水の循環のサイクルの中には 動物や

植物も 深く関与しています。私たちの飲み水は そもそも その循環の途中にあるも

のを 体内に取り込み そして 汗や尿という形で 返している。木の大量伐採は 大

地の崩壊につながるだけではなく 行き場を失った 水がどこかで あふれてしまうこ

とにつながります。森林に 100本の木があるとして それぞれが 10リットルの

水を 抱えているとした場合 それは 水の循環のサイクルの中でですので 微妙な値

の中を 行ったり来たりしながらということですけれど その100本の木が 伐採さ

れるとどうなるか?と 考えると 1000リットルの 水が大地に溢れるわけで そ

れが 一気に蒸発すると それは大雨にもなるわけです。

そうした 極端な状況を 避けるための 偉大な仕事をなしているのが 木の存在と

考えることが できると思います。

自然は そうした あらゆるものの 絶対値の中で 微妙なバランスを うまく取りな

がら 人類でさえ生息できる環境を 作ってきたのでした。

自然には ある一定の法則があり このケースなら この法則で あのケースなら あ

の法則ねということはないと思っています。つまり その法則は 人間にも応用でき

さらには 政治にも応用できるのだと思っています。

現に オーストリア出身の クォンタム フィジシストの ジョン ハゲリンは だい

ぶ前になりますけど「Perfect Government」というタイトルで 本を出しまし

た。そこには 自然の中にある法則を 政治システムの中に 生かそうという内容が

細かく 書かれています。

 

生命に関する技術が進み 人工子宮で 羊が育てられる時代です。

性交を省いたところで 妊娠も可能になりました。精子卵子を 買い物するかのよう

に選んで 第3者の子宮に 植え付けることも可能です。

そうした中で 人が死から未だに 逃れられないのは やはり魂の絶対値が根底に

あるからだと思うのです。医学が進み 人の寿命が延びたと言われても 同時に 自殺

で消えていく命も 増えています。日本では 過労死という ありえない形で 人の

命が消えていきます。それは 魂が絶対値による バランスを取っているからだとしか

思えません。

不自然な形で 生まれる命。不自然な形で 終わっていく命。まるで 鏡のリフレク

ションです。

プロジェクト マース(火星計画)が 始まったのは だいぶ前ですけど 当時 アメ

リカ海軍は 水耕栽培を その計画の中に 取り入れました。不毛の大地と言われる

火星で いかに作物の栽培をするか?ということだったのですが 結果、水耕栽培によ

り 成長した作物は 日持ちしないということがわかり そのアイディアは 民間に 

払い下げられました。   

私なら 何匹かのミミズとともに 火星に 飛んだと思います。

そのミミズに 水耕栽培の作物を食べてもらい それを みみずが土に変えます。

そうすると 時間はかかっても やがて 栽培に使用できる土ができます。

ロケットに乗せて 地球からの土を 運ばなくてもいいわけです。

みみずは 短期間で 増えますし 放射能にも強いので 利用価値は高いと思います。

そもそも ここにすでに 完璧なまでの 環境が整った 地球という星があるのに

わざわざ 火星に移住するなどと 考えること自体 時間とお金の無駄遣いだと思いま

す。

話が 飛びましたが そうした 絶対値の中で あらゆることが バランスを保ちなが

らある中で なぜ 不均衡が起こるのか?ということを 少し 考えてみたいと思い

ます。その例として 水と食料の不均衡を 取り上げてみましよう。

南アフリカでは 水や食料が不足していると言われています。それは 気候が原因の

ように言われています。本当に そうですか?

アフリカは 原石と石油の宝庫と言われてきました。

それらを採取するには 大地が削られていきます。当然 森は消えるでしょう。

暑い太陽にさらされた大地は 当然乾燥して 不毛の大地へと変わっていきます。

水が 川を流れている頃 水は すべての生命に取って フリーアクセスできる

ものでした。それが インフラストラクチャーにより 水が蛇口から出てくるように

なって それは 誰かの管理のもと お金を 払わなければ 使えないものとなりまし

た。水道が引かれても お金がないために 使えない家族は アフリカに たくさんい

ます。家が火事になっても 水道を止められているために 火を消し止めることができ

なかったというケースも起こっています。

第三諸国とカテゴリーされている国々では コカコーラの方が 水よりも安いのです。

アフリカに限らず 南米のボリビアでも 水のコントロールから暴動が起きました。

水不足は 自然現象のように言われていますが その大きな理由は 人の強欲が 水と

言うエネルギーを 一つところに抱えようとする意識が 不均衡という形で 現れた

と 見る方が もっと根本的だと思っています。ですから 科学技術の力で それが

解消されても 真の意味でそれを 解決するには 人の心の部分が 変わっていかなく

ては 無理だと思うのです。 

食料にしても あちらでは 不足しているが こちらでは 膨大な数が 毎日、いや 

毎時間 廃棄処分されています。

日本のコンビニで売られているおむすびは 数時間ごとに 廃棄処分されているときき

ました。そして 配達のトラックが 常に どこかに待機していて 各店から 届く 

イムリーな データにより 効率よく 配達しているという話も 聞きました。  

廃棄の数が多くても その方が採算がとれるというのは どういう計算に 基づいてい

るのか ちょっと悩みますが 日本のコスト削減にかける 情熱には脱帽です。

が 捨てられていくご飯は 農家という生産者から それをお弁当などにする段階まで

で 長い時間とたくさんの エネルギーが 注がれているわけです。

それが お弁当やおむすびという 形になった途端 わずか数時間で 廃棄されてい

く。コンビニだけではありません。ファーストフードもそうですし コストコが廃棄処

分しているものは 食料に限らず 返品されたものはすべて 使用可能なものであって

も 廃棄処分されると聞きました。

そこで 無駄になっているエネルギーを 必要なところにシフトさせれるとしたら

どうでしょう?不均衡は なくなるのではないでしょうか?そこには 物質的な

バランスというよりも 心の意識的なバランスが 必須だと思うのは 私だけでしょ

うか?  

プラスチックが 世の中に登場してから それは あらゆる形で 人々の日常に 入り

込んできました。そしてそれは 豊胸手術という形で 今や 人体の中にまで 入り込

んでいます。(アメリカでは整形手術一般を シリコンを使用していても プラスチッ

ク サージェリーと呼ぶ)

私は プラスッチクのフォークが作られ 捨てられるまでの過程を タイムラプスに則

り 映画化したら面白いと思ったことがあるのですが、バクテリアが石油となるまで

から始まり 石油の採掘、それが 搬送され プラスチックに加工され、そこから 

フォークに成形されて お店に配達されるまでと 膨大な時間がかかっています。

そこで 消費者がそれを購入し パーティーやピクニックで使用して ゴミ箱に

捨てるまでの時間は わずか 数時間もかからないのかもしれません。

ここから言えることは プラスチックの登場は 私たちの意識まで 変えてしまったの

です。やすいから使い捨て。労働者も 安く使って 捨てる。まるで 奴隷制です。

 

世界の 職人たちは あらゆるものを 手間をかけて作ってきました。

それは 職人たちが 材料となるものが いかなる時間の中で 作られてきたのか?と

いうことを 敏感に感じ取っていて そのスピードに 自分たちを アジャストさせて

いたからだと 私は思うのです。 早ければ、安ければ。あらゆるものが この二つの

測りを元に 生産されてきました。その結果が現代です。

意識だけが 先走りして、大きいもの、早いもの、安いものが 歓迎されます。

舌切り雀の 大きな葛篭を 欲しい人たちが 世の中には いっぱいです。無理やり

奪えばいいのです。しかも 奪う時は 一番大きい方を奪うのです。

大きな葛篭には 魑魅魍魎が 潜んでいましたね。

 

絶対値の中で 巡る命。全てに於いて 何を欲するのか?何を 願うのか?

意識的でいること 目覚めていること 地に足がついていることが大事です。

が、エンドレスな欲望から 自分を解放しないかぎり 世の中は 魑魅魍魎であふれる

のかもしれません。もっとも 魑魅魍魎にも絶対値があり で切ってしまえば それ以上

は出てこないのかもしれませんが。