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moonandoceanhawaii’s blog

ゆらゆらと 波にゆられて 思うこと

発展という 詐欺、一番という 自己欺瞞

youtu.be

 

選挙前の 演説に 発展という言葉は 欠かせない。

それは ”開けゴマ”のように マジカルなパワーを 持っている。

発展という言葉を 耳にすると 市民たちは 美しい女性を見た時のように

うっとりとした 気分になる。

時に 自分より 20も若い女と デートする時のように ワクワク、そわそわ

した 感覚にもなる。

発展という言葉の裏側で 多くの自然が 破壊されてきた。

発展という言葉の陰で 人は 自分たちが なんであるのかを 記憶から

消し去られてしまった。

 

人間にとって もっとも 難しいこと。

それは あるがままに 保つこと。現状維持というやつだ。

それには エントロピーの増大の法則が 関わっているからなのだろう。

が 思うよりも自然は 秩序的でもある。

 

自称 数学家、発明家の男が こんな話をしたことがある。

バブルの時代、電通の子会社では たくさんの 著名人を社員として雇っていた。

仕事の内容は それぞれが テーマを決めて そのテーマに沿って みんなの前で

スピーチすることだった。

1ヶ月の給料は 金額の書き込まれていない 小切手だった。

どういうことかというと 自分で 好きなだけの 金額を書き込めるように

なっていたのだ。

その男は 当時 月30万の マンションに住んでいたのだという。

そのことに対して どう思っていたのか?と 私が聞くと すごいことだと

思っていたと言う。

私には 何が すごいのかよくわからなかった。金額に 目が回って そのことが 

すごかったのだろうか?

その後 男は その会社が 地上げ屋だということを知る。

 

その話から 私は とても残念なことだと 心の中で つぶやいた。

なぜなら その男は 大学でも ワークショップという形でも 若い世代を

教育する環境にいたし 当時 アメリカの発明家が 日本に紹介されることに

より この男も 仕事の機会を 増やしていったからだ。

その中で 金ごときに 踊らされているようでは 次の世代に 何を 手渡せるの

だろう?

私は 誰もの中に ”筋”のようなものが 通っていると 思っている。

その筋に基づいて 人は行動し、選択し、言葉を語る。

だから その筋が ねじ曲がって 不安定なものであれば 行動も選択も言葉も 

ねじ曲がった 不安定なものとなる。

そして その男も 常に 発展することを 思考していた。

自分の作り出すものが 一番でなくてはいけなかった。

アメリカの発明家を 追越さなくてはいけなかった。

そこには 何ひとつ 大切な思考はない。

一番も 追い越すも、最終的には エゴを肥やすものでしかない。

優越感に浸っている間に 逆転は いつだって 起こるのだ。

 

私は 世の中に アインシュタインも マックス プランクも 一人だけでいいと

思っている。

さもないと この地球は とっくの昔に 爆破されるか、人類は 大量破壊兵器

より 絶滅している。

 

日本の おきまりの 教育システムから エスケープした私は お陰様で

脳の柔軟な頃に あらゆる人の 哲学に触れる機会を得た。

社会そのものが 学びのフィールドだった。

仕事をほどほどに 旅をすることで 異文化に直接触れた。

 

人は 誰でも 豊かでありたいと願う。

でもその 豊かさとは コマーシャルに 洗脳された 豊かさでしかない。

豊かになろうと 働けば働くほど あなたは 大切な人たちと過ごす時間を

失っていく。

見えないストレスは 出費することで 解消される。

そして 買い物の支払いのために さらに 働くことになる。

まるで ラットレースのように。

悪循環をもたらす 根源は 割とシンプルなものだ。

働くことを ほどほどにするだけでいい。

休むのだ。体は お金を作るための 機械じゃない。

”ゆとり”の 中で あなたは 初めて 世界と 向き合う。

向き合うことで ちゃんと 見えてくるものがある。

ゆとりの中でしか 私たちは 相手を 思いやることができない。

ゆとりの中でしか 私たちは 自分を 取り戻せない。

 

士気を高めるために ヘロインを使用した時代は とっくの昔に 終わったのだ。

発展も 一番も 偽政治家たちの まやかしの言葉にすぎない。

困難な時 人は 神に 世界を正すよう 救いを求める。

けれども 時代を 生きているのは 神ではない。

私たちなのだ。

その私たち自身に 変える力がなければ 神に手伝ってもらっても

必ず 問題は 再発するだろう。

 

個としての自立と責任。協調性を主張するがあまり 世の中は 腑抜けに

なりつつある。